横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)1616号 判決 1976年3月04日
原告
小沢睦夫
外三名
右原告ら訴訟代理人
木村和夫
外一名
被告
大瀬工業株式会社
右代表者
大瀬章則
右訴訟代理人
稲木延雄
外二名
主文
1 被告は原告小沢睦夫に対し、金五万八、五〇〇円及び内金一万六、五〇〇円に対する昭和四七年一〇月二〇日から、内金四万二、〇〇〇円に対する昭和四九年八月二九日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告坂本和夫に対し、金六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年一〇月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金損を支払え。
3 被告は原告小沢和夫に対し、金三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年一〇月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
一、請求原因<中略>
2(一) 被告会社の賃金体系は、大別して基準内賃金と基準外賃金とに区分され、皆勤手当(昭和四六年五月二一日以降は「出勤奨励金」となる。)は基準内賃金を構成するところ、被告会社の昭和四四年八月一日改正施行された就業規則(以下、就規という)五〇条によれば、「賃金は前月二一日より当月二〇日をもつて締切り、当月二八日に直接従業員に対し、その全額を通貨をもつて支払う。」と定めている。
(二) 被告会社の就規五五条1、(6)は皆勤手当について、「毎月二一日より翌月二〇日までの間、全労働日出勤のとき、又は休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が一日の者及び特別有給休暇にて休んだ者一、五〇〇円、休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が三日までの者七五〇円、ただし、三三条(1)、(2)、四二条二項は対象外とする。」と定めている。
なお、就規三一条一項は、年次有給休暇(以下年休という)の請求手続について、
「年次有給休暇を受けようとする従業員は、所定の様式により、原則として二日前に、所属長を経て会社に申し出て、その承認を得なければならない。」と定めている。
(三) その後、右皆勤手当は、昭和四六年五月二一日から出勤奨励金と名称を変え、内容も次のような改められた。
「毎月二一日より翌月二〇日までの間、全労働日出勤のとき、又は所属長の承認を得て休んだ日が一日の者のみ、全額三、〇〇〇円を支給する。それ以外は支給しない。
但し、特別有給休暇は出勤扱いとする。」<後略>
理由
一原告小沢睦夫は昭和三四年四月一日、同坂本和夫は昭和三一年七月一日、同小沢和夫は昭和三七年四月一日に、被告会社にそれぞれ入社し、その従業員として勤務してきたこと、原告らが別表(一)、(二)、(三)の各第一欄記載の年月に第二欄記載のとおり年休を取得したところ、被告会社は右年休取得を理由に、皆勤手当及び出勤奨励金の全部又は一部を同表(一)、(二)、(三)の各第三欄記載のとおり支払わないこと、被告会社の皆勤手当制度について、その就規五五条1(6)に、「毎月二一日より翌二〇日までの間、全労働日出勤のとき、又は休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が一日の者及び特別有給休暇にて休んだ者一、五〇〇円、休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が三日までの者七五〇円云々」の規定が存するほか、被告会社の年次有給休暇(同就規三〇条)、同請求手続(同三一条)、特別有給休暇(同三二条)、賃金構成項目(同四九条)、賃金支払方法(同五〇条)、賃金構成(同五五条)についていずれも原告ら主張のとおり規定されていること、右皆勤手当制度が昭和四六年五月二一日から、出勤奨励金制度となり、その内容が皆勤手当制度に比べ、所属長の承認を得て休んだ日が一日の者のみ全額三、〇〇〇円支給する。それ以外は支払しない。但し、特別有給休暇は出勤扱いとすると変更されたことは当事者間に争いがない。
二原告らは、皆勤手当制度に関する就規五五条1(6)の規定中にいう「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」及び出勤奨励金制度における「所属長の承認を得て休んだ日」というのは、「年休を取得して休んだ日」を含まないと主張する。
よつて、検討するに、
1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告会社は自動車部品の製作を主たる業務とする株式会社であるが、当初佐藤製作所という名称の個人企業であつたが、後に有限会社大瀬製作所に組織を変更し、従業員百二、三〇名を擁しているのであるが、昭和四一年一一月同会社内の大部分の従業員で組織する大瀬工業労働組合と原告らを含む二〇名位を組合員とする神奈川金属機械産業労働組合傘下の同組合横浜支部大瀬工業分会(以下、単に大瀬工業分会という)とが成立した。
(二) 大瀬工業労働組合が結成される直前の昭和四一年三月末、有限会社大瀬製作所の社長大瀬章則は当時従業員で組織していた従業員会の代表者と話し合つて就業規則を定め、その一として、「毎月二一日より翌月二〇日までの間全労働日出勤のとき、一、〇〇〇円、休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日のある者、五〇〇円。但し二一条(1)、(2)、二九条二項は対象外とする。」との内容の皆勤手当制度を創設した。その後被告会社は、有限会社を株式会社に組織変更し、昭和四四年四月、春闘の賃上交渉の過程において、前記二組合と団体交渉を重ねて、右皆勤手当制度を次のとおり改正した。すなわち「毎月二一日より翌月二〇日までの間全労働日出勤のとき、又は休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が一日の者及び特別有給休暇にて休んだ者、一、五〇〇円、休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日が三日までの者、七五〇円、但し三三条(1)、(2)、四〇条二項は対象外とする。」(改正後の皆勤手当制度の内容については当事者間に争いがない)。
(三) しかして、被告会社の就規は、年休の請求手続について、「年次有給休暇を受けようとする従業員は所定の様式により原則として二日前に所属長を経て会社に申出てその承認を得なければならない」と規定している(当事者間に争いがない)ため被告会社の従業員はその所属長に年次給休暇願を提出し、右所属長の承認を得ていた。
(四) 大瀬工業分会は「休暇願を提出して所属長の承認を得て取つた休日」に「年休」を含ましむべきでないという見解をとつていたのに対し、被告会社は、皆勤手当創設の当初から一貫して「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」とは「年休を取得して休んだ日」を意味するとして、右皆勤手当制度を運用してきた。
(五) そして、昭和四六年五月二二日、二労働組合の春闘の際の団体交渉の末、右皆勤手当制度は廃止され、出勤奨励金制度の創設されたが、その内容は、「毎月二一日より翌月二〇日までの間全労働日出勤のとき又は所属長の承認を得て休んだ日が一日の者のみ三、〇〇〇円全額支給する。それ以外は支給しない。但し、特別有給休暇は出勤扱いとする。」というものであつた(当事者間に争いがない。)。
原告ら及びその所属労働組合である大瀬工業分会は、被告会社の皆勤手当制度及び右出勤奨励金制度自体はこれを承認しながらも(当事者間に争いがない)、ただ前記(二)の改正後の皆勤手当制度及び出勤奨励金制度において、「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」又は「所属長の承認を得て休んだ日」に「年休を取得して休んだ日」を含ましめることは、制度自体の欠陥であるとし、あるいは、被告会社が制度の運用を誤まれるものであるとして、その改善を再三にわたつて被告会社に対して要求し、昭和四六年の春闘においても同様の要求をしたが、被告会社の承諾するところとならなかつた。
(六) 以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。
2 すなわち、被告会社の皆勤手当制度及び出勤奨励金制度は、「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」又は「所属長の承認を得て休んだ日」には、いずれも「年休を取得して休んだ日」を含むものと、被告会社によつて解釈運用されてきたのであるから、次にその解釈運用の適否について判断する。
三原告らは、右両制度が、年休を取得して休んだ日が「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」又は「所属長の承認を得て休んだ日」に該当し、この日については皆勤手当又は出勤奨励金の全部又は一部を支払わないとする趣旨の制度であるならば、右両制度は、年休を「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」又は「所属長の承認を得て休んだ日」に含ましめる限度で、法三九条又は公序良俗に反して無効である旨主張する。
1 思うに、法三九条所定の年次有給休暇制度の法意は労働者をして、労働による肉体的、精神的疲労を回復させ労働力の維持培養を図るとともに、人たるに値する生活を得せしめる目的をもつて、最低基準として、労働者の勤続年数に応じて毎年法定の有給休暇を権利として当該労働者に付与しなければならないとして使用者を義務づける一方(同条一、二項)、休暇期間中の賃金については、「平均賃金」又は、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」(以下、「通常の賃金」という)の支払を命じ、労働者が現実に出勤して労働した日(実出勤日)と実質的に同一の賃金を保障することによつて(同条四項)、右休暇権を実効あらしめようとするにある。
2 したがつて、使用者が賃金体系上、賃金の一部を皆勤手当等の諸手当とし、その諸手当の全部又は一部を「年休を取得して休んだ日」のあることを理由にして支給しない旨就業規則等で明定することは、不支給となる当該手当が、労働者が現実に出勤して労働したことの故に支払われる実費補償的性格の手当(たとえば、通勤費の実額支給を内容とする通勤手当など)でない限りは、前記年次有給休暇制度の趣旨に反する賃金不払として法的に許されないものというべきである。
しかして、就規等による手当(賃金)支給規定の文言解釈に俟つ場合においても亦、法意に反して解釈することはゆるされない。当該規定が労使間の合理的意思に発するものである限り、法規範の下に有効な規定として存続するよう解釈さるべきである。
3 これを本件についてみるに、被告会社の皆勤手当制度及び出勤奨励金制度の内容は、既述のとおりであるところ、右皆勤手当及び出勤奨励金が実費補償的性格のものということのできないことは既に認定した事実に徴して明らかであるから、被告会社の皆勤手当制度及び出勤奨励金制度についての就規等の定めにつき、「休暇願を提出し所属長の承認を得て取つた休日」又は「所属長の承認を得て休んだ日」に「年休を取得して休んだ日」を含ましめる解釈は違法であつて、これを含まないとする解釈をして運用する限りにおいて有効な定めというべきである。
4 しかるところ被告会社においては、従来から、年休期間の賃金として、皆勤手当金及び出勤奨励金を除く、その他の賃金について、年休期間を実出勤日として算出した額を支払つてきている旨の原告らの主張事実は、被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
5 さすれば、被告会社が原告らに「年休を取得して休んだ日」のあることを理由として支給しなかつた皆勤手当及び出勤奨励金の全部又は一部の金員、即ち別表(一)、(二)、(三)の各第三欄記載の各金員は、被告会社において原告らに支払う義務があるものというべきである。
6 なお、被告は、「年休を取得して休んだ日」を欠勤日と同視して賞与を計算、支給することは法三九条に違反しないから、過去一ケ月間の実出勤日数に応じて報賞的に支払うことを内容とする被告会社の皆勤手当制度及び出勤奨励金制度は何ら法三九条に違反しない旨主張するが、皆勤手当又は出勤奨励金が基準内賃金を構成するものであることは冒頭一に認定のとおりであつて、賞与と同性質の報賞的性格を認めるべき証拠はなく、実費補償的性格の手当(賃金)を除き、「年休を取得して休んだ日」のあることを理由として手当(賃金)を控除することは法三九条四項の趣旨に反することは既に説示したところであるから、右主張は失当である。
又、被告は出勤奨励金制度について、「年休を取得して休んだ日」を「所属長の承認を得て休んだ日」に含ましめるよう解釈運用することについては、原告ら所属の労働組合大瀬工業分会との間で合意ができている旨主張するが、同分会が仮に右のような合意をしたとしても、当該合意自体、法三九条四項の趣旨に違反して無効であることは前記説示に照らして明らかであるから、そのような合意による解釈運用は違法であり、規定自体が有効に存在する限り、その規定の適法な解釈運用を妨げることはできない。
四以上の次第であるから、
1 原告小沢睦夫について、(一)金五万八、五〇〇円及び(二)内金一万六、五〇〇円に対する別表(一)第一欄に示す弁済期経過後である昭和四七年一〇月二〇日(訴状送達の日の翌日)から、内金四万二、〇〇〇円に対する別表(一)第一欄に示す弁済期経過後である昭和四九年八月二九日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金
2 原告坂本和夫について、金六、〇〇〇円、同小沢和夫に対しては金三、〇〇〇円及び右各金員に対する別表(二)及び(三)第一欄に示す弁済期経過後である昭和四七年一〇月二〇日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民法所定の遅延損害金の各支払請求は理由があるものというべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。
(立岡安正 中村盛雄 長門栄吉)